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映画の感想 書き散らし

2026年、上半期に観た新作映画を振り返る

7月もうっかり終わりかけですが、せっかくなのでちゃんとまとめておきましょうね!2026年前半に映画館で観た新作映画のベスト10と次点です!どうやら120本くらい観たらしいですが、それでも見逃したな~ていうのけっこうある。こういうのは一期一会だからね。このご時世においても、上映が終わった後に配信に見当たらないのもけっこうあって、気になる作品はなるべく観ておきたいな、という気持ちもありますよね。よね。

ということで、いつも通り、観た順です。好きなやつは選べるけど順番はつけられんのよ。個別に感想を書いたやつはリンクを張りました。もうちょっと頑張っとけばよかったね、自分。反省して(毎年言うやつ)。

なんか逆張り…??みたいになってるけど、ちゃんとブロックバスター系の映画も観てるんだよ。ただ今年の前半は公開規模の小さめの比較的パーソナルな作品がなんかすげー刺さったんだよな…配給、映画館、みんなありがとうね!!!!五体投地!!

<特別枠>    
    ★ モータルコンバット/ネクストラウンド
    
観た順2026年上半期ベスト10!    
    ★ ぼくの名前はラワン
    ★ 唐人街探偵1900
    ★ マーズ・エクスプレス
    ★ サムシング・エクストラ! やさしい泥棒のゆかいな逃避行
    ★ 私がビーバーになる時
    ★ ナースコール
    ★ ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜
    ★ シンプル・アクシデント/偶然
    ★ 霧のごとく
    ★ 君と僕の5分
    
観た順2026年上半期ベスト次点!    
    ★ サリー
    ★ Shiva Baby シヴァ・ベイビー
    ★ Riceboy ライスボーイ
    ★ サンキュー、チャック
    ★ ボタニスト 植物を愛する少年
    ★ ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター
    ★ シャオ・メイ/ローマ大決戦
    ★ カーンターラ 神の降臨
    ★ 急に具合が悪くなる

『モータルコンバット/ネクストラウンド』

いきなり特別枠の続編で恐縮ですが、いいだろこっちは5年待たされたんだからよ…(数度の公開時期見直しを挟みながら、ってかワーナーが日本の配給事業から撤退したときはマジでどうなることかと思ったぜ)。『SHOGUN』でゴールデングローブ賞やエミー賞を席巻した真田広之の、受賞後最初の劇場公開映画がこれで良かったのだろうか。真田広之はそんなこと全く気にしなさそうなお人柄が色々なインタビューなどから伝わってきて本当に良いですね。今回も派手な衣装に身を包んで火を吹いてくれてありがとうね……(土下座)。

キャラ数が倍増した続編、楽しみと不安が半々くらいの気持ちで待っていましたが(劇場公開ありがとう!!)、エモーショナルなドラマを何本も並走させながらキャラクターの見せ場を手際よく散りばめ熱いバトルをたっぷり見せるという、なんかものすごい超絶技巧の脚本ですごかったですね!!!「モータルコンバット」という世界一の人気を誇る原作だからこそできる離れ業だとは思いますが、ゲームにまったく触れてない自分でもものすごく楽しかったのでマジですごい(その代わり『ネクストラウンド』くんには聞きたいことが100個くらいある。そもそもさあ…(長くなるので以下略))。

もちろんその脚本を成り立たせているのは、素晴らしい役者陣の最高の演技のおかげです!バトル要員はちゃんと動ける俳優を揃えたり作中でスタントマンに感謝を述べたりと妙に真面目な本作(大好き!)、バトルの展開だけでなくバトル中の会話や表情もすべてドラマの推進力となって超圧縮脚本を成立させていた。俳優自身が動けると、アクション中にシームレスに表情をアップにできるのが良いらしいです。なるほどー。

なんか続編をつくるには興行収入が微妙…というニュースも流れてきましたが、いやそこは何とか、ねえ!!!配信ぶん回そうぜ!!!

『ぼくの名前はラワン』

ろう者でクルド人難民の少年が、英国で手話を学び居場所を確立してゆくドキュメンタリー!本人の聡明さ、タフさと教育の確かさだけが救いだよ!

手話という言葉を獲得したラワンが、水を得た魚のように生き生きと学び、自分や世界への理解を深めていくのが本当に良い。手話を使えるようになったことで、ろう学校では友達や先生と深く意思疎通でき、親友もできてラワンの世界はどんどん広がっていくのに、聴者の家族とはうまくコミュニケーションが取れなくなるのが寂しくて辛かったね…。

あと英国の移民政策のせいで何回も大変な事態になってしまい、そんなドラマティックな実人生を子供に負わせるなよ、と何度も思った。日本でも似たようなことがもっとひどい形で起こっているわけですが。でもろう学校の教育はすごくしっかりしていて、熱心な専門の先生方が子供たちの個性を尊重しながら彼らの学びをしっかりサポートしていて、ものすごい感銘を受けた。近年、英国では英国手話が公用語に指定されたそうで(そういえばニュースか何かで観た記憶がある)、手話というのは一つの言語であるという理解がもっと広まるといいね、と思いました。ろう者の自己決定というのは香港映画『私たちの話し方』でもテーマのひとつになっていましたね。

『唐人街探偵1900』

19世紀最後の年、移民排斥に揺れるサンフランシスコ、凄惨な殺人事件の謎に挑む探偵、中華街のボス、清国から遣わされた役人たちの運命やいかに!の時代劇サスペンス!中華系移民たちの歴史と苦闘、先住民の誇りと怒りまで掬い上げ、義和団事件も絡んだ上にちゃんと犯人当てミステリーになっててすごいぞ!

まず、マジで時代設定が秀逸すぎてびっくりするよね!現政権の体制批判にならないように、しかし権力の腐敗や理想の政治を希求する民衆の活動をはっきりと描写し、国は人民のためにあるのだと宣言して見せる(だからこの義和団事件の前夜という設定なんだね)。また、それぞれに歴史上の災禍の傷を負いながら中華街に集う(広い意味で)ルーツを同じくする同胞たちのキャラクターが良すぎる。シリーズものらしく魅力的なキャラクター、かつ史実に基づいた細やかな背景設定があってフレッシュな驚きがあったし、チョウ・ユンファはそりゃあもう素晴らしかった(ホワイトの三つ揃え!!)。歴史や文化へのリスペクトもきちんとあって満州八旗の名乗りまで聞けるし、抑圧された人々に光を当てるし、正統派な時代劇ミステリーをきっちりやって本当にすごい!衣装やセットもみんな良い~。

劇場公開は限定的だったので滑り込みで観たんですが、各所配信やってるみたいなので気軽に言うけどおススメだよ!シリーズ未見でもぜんぜん大丈夫!前日譚だし、そもそも時代が百年遡ってるし。

『サムシング・エクストラ! やさしい泥棒のゆかいな逃避行』

フランス映画伝統の社会派人情コメディだよ!知的障害者支援グループのサマーキャンプに紛れ込んだ気弱な強盗の話、で想像する100倍くらいの厚みと感情がある。気合の入った当事者キャスティングに圧倒されるぜ。このぬるい邦題はマジで反省しなさい、てかフランスの人情ドラマを全部これ系の邦題にする謎習慣、なんなの!?!?

監督・主演を務めるアルテュスはフランスの人気コメディアンで(才能がすごいな!)障害と社会をテーマにした表現活動で有名なんだそうです。へえ!で、その仕事を通じて知り合った福祉関係者や障害当事者の支援を受けての本作だそうですが、パンフレットでの監督インタビューなどでも伺える献身的な仕事ぶりが素晴らしく、高い評価を得ているのも納得だったです。支援される側とする側がその立場で分かれるのではなく(分断は容易に凄惨な暴力へと転じるだろう)、人間同士の対等な関係性の中で持続可能なコミュニティを築くこと、理想論ではなく具体としてどんな場があり得るか、そんなことをずっと考えさせられていた。われわれは、職場で、学校で、家庭で、人間性を取り戻さなければならない、そういう抵抗の実践でもあるよね。「健常者」と分類される人々においても、それぞれに固有の特性があり困難があり人生に迷い続けるのだから、どうにかしてみんなで協力してやっていく場を作らなければならないのだ。しかしこの映画自体は最初から最後まで切れ味の鋭いコメディで一貫していて、それも偉いよなあと思いました!!良いものを観た!

『ナースコール』

慢性的人手不足の総合病院で、今日もプロフェッショナルに仕事を捌く看護師の高負荷お仕事映画!人間ってのは本当に、哀れで、愚かで、弱くて優しい生き物だねえ…。どんなに医療技術が発展しても、人間の心身を救うのは人間の手仕事以外にあり得ないのだと、希望とも諦念ともつかない気持ちになってしまった。生と死が行き交う汽水域の最端で、献身的に、持てる技能を尽くして、傷ついた人々に対峙する職業人たちの姿に心揺さぶられたあとの、ラストシーンの静謐な美しさといったらもう言葉も無いね。

総合病院に入院している人々なので、患者側にもそれなりの事情があり、理不尽な要求の裏に人間的な痛みと祈りがあり、でもどうしてもそれを掬いきれない社会的な状況があり、その間で板挟みの苦しみを味わうプロフェッショナルたちがいて、隘路を縫うように最善を尽くす人々がいて…。

語りの方向性はぜんぜん違うけど、製作陣の問題意識とか立脚する現実の課題(社会的弱者を包摂するためのフィロソフィーの弱さからくる、慢性的なリソース不足や社会≒スポンサーの無理解、ゴールの共有の難しさ)とかは『サムシング・エクストラ! やさしい泥棒のゆかいな逃避行』に近いんじゃないかなあとも思ったり。

『霧のごとく』

戒厳令下の50年代台湾、兄の遺体を引きとるため、嘉儀から台北に出かけた少女の目を通して人々の苦しみといたわりを描くドラマ!重苦しく回顧される日々(50年代が最も逮捕・拘留された人数が多いんだそうです)の中に様々な人々の複雑な人生があり、希望も絶望も現在まで続く。日本統治下で教育を受けた本省人、転進のすえ本土から移住してきた元軍人、貧困のうちに放置されたままの地方、都会で新しい生き方を模索する女性たち、抑圧的な政権に与する者、社会の裏道を選ぶ者…。ここでは書き尽くせないほどの複雑で困難な人生を(日本はその困難さの責を負う)、それでも軽やかに、したたかに、人間性を手放さず生きてゆこうとする人々の描写があまりにも良すぎた。

弱く貧しく飢えて傷ついていても、人間の矜持として他者に手を差し伸べることが出来て、それが自分や誰かの命や心を救うということが繰り返し(本当に繰り返し)描かれ胸を打つ。人心は荒廃しきって復興の道はまだ遠く、自分と家族の命を守るのに必死で他人を思いやる余裕などなく、油断すれば(まさに自己責任で)飢えて死ぬ時代に、ほんの少しの人間性が、そばにいるはずの見知らぬ誰かにとってどれほど切実なことか。そうやって一緒に生きてきた「台湾人」というアイデンティティを再構築しようという試みなのかもしれないな。そして不本意な形で亡くなった人々を悼む終盤のタイトル回収シーンで大号泣…エピローグがあって助かった…。

で、この辺りの歴史を何にも知らないのを反省し、「台湾海峡一九四九」(龍應台 著)を読んだのですが、これがとっても良かったです。ひとまとめに語られがちな激動の時代を個人の経験で語り直すという本書の試みは、むしろ企画の元ネタのひとつかもしれないな、とも思いました。出版社のリンク張っとくね!→ 台湾海峡一九四九 - 白水社

『君と僕の5分』

2001年、規制下で日本のポップカルチャーを愛する少年が出会った親友との鮮烈な日々!ままならぬ10代の苦さ、眩しさ、切なさ…(大号泣)個人的に、あんまりにも世代ど真ん中のあの時代、無神経で野蛮で逼塞して無力で愚かで、それでも輝かしきbest of my lifeだったね…(うわーん)

もう個人的な話しかできないので自分の話をしますが、90年代のJ-POPを席巻した小室ファミリー(これで通じる??むしろ分かる人は仲間では??)の中でglobeが一番好きだったけど周りに同好の士が見当たらず、それでもずっと聴いてて(もちろん作中のキーアイテムは両方持ってる)、だからまたglobeを好きにならせてくれて本当にありがとう!っていう気持ちで胸がいっぱいになってしまった。大好きな曲をフィーチャーして、こんな繊細で美しい映画を作ってくれて本当にありがとうね、監督…。

あの主人公の二人が、二人とも、自分と同じ時代を、どうか幸せに生きていてくれと願わずにはおれない。みんなそれぞれの場所で、どうにか生き延びてやって来たよね。あのラストのあとのエンドロール、本当にさあ…(泣きすぎて頭痛)。

あまりにもあまりにもだったので2回目も観に行き無事に大号泣したんですけど(2回目でよりいっそう刺さるタイプの作品なので)、高1で「FACES PLACES」が良いってきっぱり言えるの、美意識が確立していてえらいなと思いました(なにその感想)。いやもっとキャッチ―でポップな曲あるやんか。「FACES PLACES」、自分はアルバムだいぶ聴き込んでから好きになったから、大人っぽい曲ってイメージあって、それも含めてあの彼のキャラクターにピッタリだったなあと感動していた。あと小室哲哉はロマンチストなのでこの映画好きだと思う。知らんけど。

プライド月間である6月に公開された本作、前世紀末に中高生をやってた人は全員どうにかして観てください。観ろ。そしてあの野蛮な平成時代を総括しよう、それが生き延びた俺たちの責務だよ。

『サリー』

台中で両親の遺した養鶏場を営む女性がマチアプを始めたら…?の軽やか人間ドラマ!映画史上最も優しいパリが観れるよ!(パリに謝れ)

自分で選んだはずの人生でも、世間一般の幸せと不躾に比較されたり、家族の中で損な役回りになったりして、胸張ってこれが自分の幸せなんだと言えるようになるまでには傷つくこともたくさんあるよね。普通の、善良な、仲の良い家族との関係も微妙に変化していくけれど、自分を蔑ろにされることに慣れてはいけないのだ。

主人公がほとんど一人で切り盛りする養鶏場の仕事ぶりや生活の手触りが丁寧で心地よく、当たり前のように背景を彩る山の景色は緑濃く、しっとりと瑞々しい。そして犬も鶏も大変かわいい。しかしマチアプの相手がパリ在住を自称する時点で最悪の展開ばっかり考えてしまってちょっと疲れた…映画で描かれるパリは大抵ロクでもないので(観るジャンルの偏り!)。この優しい女性がちゃんと納得のいく形で幸せになれますように、ひどいことが起きませんように、て祈りながら観ていたが、人情コメディの枠に収まる展開とオチで本当に助かった、ありがとうね…。

良い映画だと思うがひとつだけ、エンディングの主題歌は字幕が欲しかったな!

『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』

親戚一同が会する葬送儀礼(シヴァ)の場で試されるZ世代のモラトリアム!優秀な同世代、成功した先輩方、無遠慮で不躾なオババたち、無理解な両親、全部がいっぺんに押し寄せてキッツいが、身に沁みる苦さとフレッシュな楽観があっていいね!

あちこちで同時進行的に交わされる会話の細やかなニュアンスがリアルで(親戚同士の噂話!)、観てるだけなのに「帰りてぇ~~」ってなった。いやダニエル(主人公)はだいぶ頑張ったと思うよ!まだ若いんだしさ!いろいろ取り返しがつく年頃じゃないか(という明るい後味が良かったね)。タイトルが想起させる「シュガー・ベイビー」、冒頭で示される通り主人公が割のいいバイトとしてシュガーベイビーをやっていて、そのことがただでさえ最悪な親戚の集まりにものすごい波乱をもたらすという、ほとんどスラップスティック・コメディみたいな展開になるのに、ダニエルの切実さとか若さゆえの真面目さが痛いほど伝わってきて大変だった。

一番「分かる~」と思ったのは、母親に「仕事が見つからなくても実家で暮らせばいいじゃない」みたいなことを言われたとき、わりと切羽詰まった状況なのに「それはイヤ」って即答したところ!分かる~~。あと若者を無神経に追い詰めるような大人になってはいけない…と身が引き締まる思いでした(そっち…)。

『Riceboy ライスボーイ』

90年代、韓国からカナダに移住したシングルマザー親子のアイデンティティとルーツを巡る旅を繊細な映像で綴る人間ドラマ!タイトルが示すように、本作は移住を決断した母親だけでなく、自分ではそれを選べなかった少年の話でもある。子供は自分のスタート地点を選べなくて、周囲との差異に苦しんで思春期に上手くアイデンティティを確立できずに辛いこともたくさんあって、でも親たちも本当は、選択肢なんか無い人生で、諦めたり手放したりしながら、来し方を遡るように、拠って立つ場所を探し求めているのだと、いつか分かるときがくる…。

親たちがかつて後にしてきた故郷の、親と同じ言葉を話す人々の声、山々を潤す雨、知らないはずなのになじみ深い味の料理、それらが細胞のひとつひとつに染みわたるように、根無し草として生まれても、生まれた土地を離れて言葉を忘れても、どこかへ繋がっていて折り合いをつけなきゃならないのだと教えてくれる。

監督自身の経験をかなり反映しているそうで、自分のルーツから離れて暮らす人たちの葛藤と成長を詩情豊かな映像で繊細に描いて美しかったです。

『サンキュー、チャック』

終わりを迎えつつある世界、誰も知らない男の"応援広告"が街を埋め尽くす中、人々はその時を待つ…そしてチャックとは何者なのか?物語の魔法が炸裂する人間賛歌!原作は未読なんですが、センスのいいアイディアに映画ならではの演出が綺麗にハマって素晴らしく美しかったです。

第3章から逆行する3部構成で、それぞれまったく雰囲気が違うのがまず面白い。あと主役のはずのトム・ヒドルストンが最初は全然出てこないのも、おや…?てなっていい脚本だよね。ちょっと終末ホラーっぽい第3章もかなり怖くて良かったけど(そういやホラー映画の監督だったね…)、第1章はすごくスティーブン・キングっぽさがあった気がする。グッド・オールド・デイズを書く方のスティーブン・キングだよ、もちろん。で、映画としては第2章の輝きが爆発的で、トム・ヒドルストンを温存(?)したのも納得の、魔法みたいな瞬間が永遠に続くみたいで本当に素晴らしかった。実は超自然的な現象が起こらないのは第2章だけなのに、一番現実からの飛躍を感じるのが第2章なんだよね。ちょっと『ビッグ・フィッシュ』ぽさもある。トム・ヒドルストンが出るのも第2章だけ。思い切ったなー!

しかしこれ、いわゆるセンイル広告が着想元なんじゃないのか、なあキング…(誰か聞いて来て)。

『ボタニスト 植物を愛する少年』

中国北西部カザフスタン国境付近に祖母と暮らす少年のひと夏を詩のように綴る映画!全てが美しく、儚く、鮮烈で、夢のように遠い。中央アジアの乾燥した大地、オアシスの村に住み羊を飼って暮らすカザフ族の少年。資源開発の波は当地にまで押し寄せ、村の若い男は出て行き、余所者が土地を収奪し汚染し、人の痕跡は砂礫の中へ埋もれゆく。いつか失われることを知るかのように、少年はオアシスに繁茂する植物を採集し標本をつくる。来て去ってゆく人々、放棄された集落、戻らぬ家族が少しずつ、スクラップ帳に並んでゆく。そして鮮烈なマジックリアリズム!

少年の周囲には常に緑が滴り澄んだ水が流れ、しかし外の世界を意識した途端に背景は乾いた荒野で塗り潰されてしまう。荒野に踏み出した男たちはみんな姿を消していて、いつかこの少年も、という避けがたい予感が全編を覆い、その痛みが画面に映る全てを輝かせている…。カザフ族の集落が舞台の映像作品を初めて観た気がするが(ドキュメンタリーとかでもちょっと覚えが無い)、言葉も文化も完全に中央アジアの遊牧民族なので、中華帝国の版図はとんでもないな!と思いました。辺境あってこその中央、みたいなこともぼんやり考えたけど(特に兄のエピソード)、あまりまとまってないです。またいずれ(?)。

アンデスの高地を舞台にした『雲と大地のはざまで』も(もうちょっとユーモアがあるけど)同じようなテーマを撮っていて、こういうグローバルな単一化の暴力みたいなのって、どうやって抗っていけばいいんだろうね、という気持ちになった。当事者が幸せになれる形で、世界のユニークさを保持して、みんなが過不足なく暮らせるにはどうしたらいいんだ。でもこういう映画はその抵抗と連帯の試みの一つではあるんだよな。

『急に具合が悪くなる』

全くの偶然、しかし確かな必然性を持って出会った二人の女性が対話と実践を通して社会の構造的課題に立ち向かう話!なんて強固な希望と期待!なにがすごいって、映画を観ている観客にも思索と実践を具体的に促し、そのためのツールまで提供してくれる、なんかすごいことをやろうとしていた映画だった。

200分近い上映時間はそこで語られる内容の密度からしてあっという間で、しかし監督が伝えたいことはこのサイズのこのフィクションの映画という形にしっくりと収まっている。現実の他者との出会いってすごく緊張したり消耗したりするけどそれでも代替のきかない経験で、それがそのまま映画になっていたような感じの鑑賞体験でしたね。なんか、こういう現実があって、こういう理想があって、そのためにこれをやったら結果はこうなるよね、だったらこういうアプローチとかどうかな、みたいな話を高密度で畳みかけて来るんだよな…映画でやることの枠を超えてないか?

6月に公開するのがいつから決まってたのか知らないけど、作中では具体的な日付が示されてて、それが映画と現実の境界をより一層曖昧にして監督がこちらの首根っこを掴んでくるようだった。君たちはまさかそこから見てるだけのつもりか?みたいな。

主演二人はもちろん素晴らしかったが舞台役者を演じる長塚京三がとっても生き生きと楽しそうで、初めて知ったんだけど俳優デビューはフランス映画なんだね!そういうプロフィールも込みでキャスティングされたのかなあ。

うわーようやく書けた!!大急ぎで書いたから(もう7月末ですが…)ちょいちょい修正するかもしれないけどとりあえずこれで!!

7月も面白い映画がいっぱいあって楽しいよ!!!

では!!!

2026年、上半期に観たインド映画を振り返る

インド映画(雑なくくりでごめんね!)、いいですよね~~。まあそんなにたくさんは観れてないですが、”当たり”の打率が高いジャンルとして(自分の中で)確立しております。見たことがないものを、考えたこともないことを、エンタメの枠のなかでパワフルに見せてくれて、いつも圧倒されるよね。まあ単純に、ものすごい本数が製作されているのでその中で本国でヒットし、かつ日本で配給される作品となると相当にレベルが高いであろうことが容易に想定できるわけですが。

ということで、映画館で観たやつの感想をメモっておきます!すべての関係者に感謝!

『WAR バトル・オブ・フェイト』

正月早々供給過剰の男前をありがとう!スター二人の圧で画面が爆発するかと思ったね!一人ずつでも充分に看板を背負える、言語間で分断されたインド映画界においても全国的な認知度と人気を誇る二人を同時に出演させるとか、このシリーズ(というかユニバース)はどこまで行く気なんだい…???

ファンが期待と不安でナーバスにさえなっていたであろう(知らんけど)二人の場面、それほぼロマンスの文脈でやるやつでは…?ってずっと思っていた。近いのよ全てが。敵も味方も目まぐるしく入れ替わりその合間に様々なアクションがド派手に展開し、さらにその隙間に捻じ込まれる二人の濃厚なロマンス(ではない)…展開も見せ場も映画3本分くらいあったよな!?!?

あと、日本市場を意識してくれるのはそりゃ嬉しいけど、方向性が謎。でもオープニングで爆笑させて頂いたのでまあいいや。どっかでも書いたけど、インドは中国とも欧米とも違う価値観で21世紀の大国としてやっていかなければならない難しさを抱えていて、20世紀の前半から深い関わりのあった日本の文化や思想を称揚してくれたりするのもそういう文脈で理解したほうがいいんだろうなあと思ったりした。

しかしこのシリーズ、「祖国のために」って言っとけば何やってもいいと思ってないか??この筋書きはそれで良かったのかい??いや男二人の出会いと絆の物語としては完璧でしたが…… To be continued!!

『プシュパ 君臨』

222分休憩なし、配給も無茶しよるわと思ったが意外といけるな!(※比較的、椅子がゆったりして席が広い劇場だったので。あまり真似をしてはいけない)

上の『WAR』も開幕シーンでビビらされたが、本作も驚きのオープニングでたぶん映画館声出たね!!!後半の展開にも関わるのでかなり日本ヤクザ(!?)がフィーチャーされるのだが、ひとつだけ言っても良いですか、日本のチンピラ、そんなにフィジカル強くないと思う!!!

泥臭い労働と商売の才覚と度胸で成り上がった男が政界に手をかけ出自に向き合うの、正統派ピカレスクロマンの懐かしさがあっていいですね!主演のアッル・アルジュンの身体能力の高さに改めて驚かされるアクションシーン、ダンスシーンもそれぞれに工夫が凝らされたっぷりとこんなに”全部”を入れたらそりゃ長尺にもなりますわ、サービス過剰だよ!

プシュパ、名前の由来?からか、花柄の特注ぽいシャツを着てることが多くて素敵だった。ギラッギラのアクセサリーとの取り合わせも良いよね。豪華絢爛な祭りの舞台も、血飛沫さえも、全てを自分のオーラに変えるスターの華!

主演のアッル・アルジュン、日本に来てたんだよね?後光差してた??歩いた後に花とか咲いてなかった???

『マライコッタイ・ヴァーリバン』

ものすごい映像美でゆったりと語るいつかどこかの英雄譚!まるで神話のような叙事詩だったね。

この世の果てのような場所に美しい夢があり、旅を続ける男は人々の願いを背負って人知を超える力を纏い、強大で邪悪な無法は英雄に倒され、祝祭に集う群衆の熱と祈りは天にも届く。

ほぼ野外ロケ・オープンセットであろう全てのショットが計算し尽くされ、壮大で精緻な叙事詩を語り、しかしこの規模でこの精度でこんだけの人を動かすの、マジでどうやるん…???って感じでした。時代や文化を超越したエピソードの連なりが英雄の輪郭を彩る、これは観客の酩酊を誘う煌びやかな絵巻物だね。

『ツーリスト・ファミリー』

非正規移民としてインドに住み始めた一家四人が巻き起こす優しさMAXの人間ドラマ!本当は様々なルーツの人々が様々な事情を抱えて暮らす街角のコミュニティ、互いを理解しようと向き合う姿勢そのものが、世界を照らすよ…人が人を思いやる気持ちって暖かいよね…(大号泣)。

わたしは当然ながら(すみません)タミル語もヒンディー語も分からないのですが、かなり繊細に言語の使い分けがされていて、それが分断や無理解の象徴から融和の証明になっていくのがグッと来たね。言葉が分かることは相互理解の役に立つけど、それだけでは足りない。でも助けになるから、みんな大事なひとたちの言葉を学びたいと思うんだよね。字幕翻訳にはかなり苦労されたとお見受けしますが、素晴らしいお仕事でした!!

お待ちかね(!)のダンスシーンも、インド映画の文法を踏まえつつドラマの流れを補強していて良かったよね。ていうか中盤の家で踊るシーン、面白すぎるのに優しすぎて、号泣しながら爆笑するというレアな体験をさせていただきました。←大丈夫かこの人

若い監督が、自分や周囲のために書いた脚本が、こんなに誠実で社会の不正義を批判し明るい可能性を指し示しつつきっちりエンタメを追求したお話なの、なんかそれ自体が世界への希望になるっていうかさ…世界はきっと良くなっているよね。

『バーフバリ エピック4K』

実は映画館で観たことなかったんですよね、『バーフバリ』シリーズ…!!!ということでさすがに長いよと思いつつ(225分!実は『プシュパ 君臨』とほぼ同じっていうね)、インターバルあり上映も素敵なだなと思って観ました!元の2作品を家で観て感激して、一時期サントラをヘビロテしていたので、映画館の音響で聴けたのが感無量ですね。

再編集によって主人公バーフバリの物語にしっかりと焦点が定まり、物語を通しで観ることで父子の数奇な運命が際立つな、と思いました。しかしちょっとだけ思ったのは、インドも強権的な政治体制が続いていて民衆への影響力の大きい映画などへの締め付けが厳しくなりつつあり、それを見越して政府にケチをつけられそうな(あるいは非公式に注意された)要素や場面を省いたバージョンを監督の手が届くうちに製作しておく必要があったのかもな、ということです。いやなんの根拠もないけど。どちらかというと反中央の伝統があるタミル映画で、インドでは映画分野から政治家への転身は珍しくなく、スターを生み出す力のある監督だと世界的に認められていて、てなると、そういうことを考えてしまうよな。

あと観た人は同意してくれると思うけど「2年待つ必要はない」で特大笑顔になってしまった。監督、ありがとうね…

『クベーラ』

億万長者と街の物乞いの運命が交錯するサスペンス!油田と汚職の規模が桁違いだ!!!しかし脚本が散らかっている!リアルな社会問題としての貧困と、ノワールヒーロー譚の要素が喧嘩してないか。その分、地に足の着いた雰囲気が良かったですね。発展した街を、その発展から取り残された人々の目から観るアイディアが面白いなーと思いました。あとさあ、ラスト40分で急にギアチェンジしてどうしたことかと思ったよね!

それはそれとして、主人公たちやヴィランが狙う対象が空虚なマクガフィンではなく、現金や金塊や油田だったりするのが、インド映画の好きなところだな~と思います!

『カーンターラ 神の降臨』

南インドはカルナータカ州から躍り出た土着サスペンスアクション!村人と地主と森林管理局と土地神様の4つ巴!なにそれ!?

予告やポスターイメージからはどんな映画なのかさっぱり分からず、なんか見たことのないものが観れそう、という予感だけで観に行きました。大・正・解!!!

体系的な宗教が現れる以前の原初の土地との結びつき、深く豊かな森に根差す生活と歴史と信仰が、人の姿に神の声を纏って顕現する祭りの夜、古い契約を巡る抗争が幕を開ける!

プリミティブで凄まじいエネルギーに満ちた神降ろしの儀式が、大迫力の演出で画面から飛び出す勢いで描かれる。依代となる踊り手の衣装や装飾品の細部はあでやかと言えるほどに美しく、取り囲む村人と共にその一挙手一投足に目を奪われ、どんな言葉が発されるのか、固唾をのんで見守ってしまう時点で、もう観客はこの映画に巻き込まれている。

森の民にとっての神降ろしの儀式の意味そのものを物語にしたみたいな、それでいて丁寧なサスペンスや目の覚めるようなアクションがあり、親密だが恐るべき自然の美しさがあり、緊張が極限まで高まったところでの終盤の爆発力、そしてラスト…!!!

これはちょっとすごいよ、インド映画の裾野の広さよ。監督・脚本・主演を務める才人が、転職組だってのにもびっくりだよ!!!充実したパンフレット、ありがとうね!!

はい、取り急ぎですがここまで!!7月にも楽しみなインド映画があり、本当に世界、平和であれよ!!!マジで頼むよ!!!

では!

2026年、上半期に映画館で観た海外アニメの話

6月も後半ですねっ!!今年の前半は海外アニメが豊作だった気がします!!買い付けて劇場公開してくれた関係者の皆様に特大の感謝を捧げつつ、感想をメモっておきます!!

あとアニメは吹替を劇場で観る機会も多くて、たすかる~となっています。斬新で美麗な隅々まで作り込まれた画面を堪能できるからね!映画におけるアニメと実写の最大の違い、画面に映っている全てに監督の意図がいきわたっているところだと思っているので(物理法則でさえ!)、字幕に気を取られることなく画面全体に集中できるところが吹替のいいところですよね。あと、実写と違って原語でもそこまでリップシンクのズレが気にならないというか、プロの声優はやっぱりすごいので…。

『マーズ・エクスプレス』

まずはフランス発のスタイリッシュな2Dアニメで硬派なSFミステリー!これは好きなやつだ!人類が火星に入植してから100年くらい?の西暦2200年、アンドロイド(というかロボットと人間の複合体)をパートナーとする人間の私立探偵に舞い込んだ大学生の失踪事件が、人類社会の将来を変える事態へと発展していく…。

人間、アンドロイド、ロボット、強化人間(?)などにより複雑に構成された火星社会で、見えにくい階層構造や搾取や抑圧の実態、巨大産業の功罪、独自の発展を遂げるサイバー技術など、火星社会の描写が秀逸で、社会の暗部を暴くフィルム・ノワールとしてのサスペンス、未来社会をリアルに描くハードSFとしての面白さ、リアル寄りだがセンスのいい端正な(それこそ監督が影響を公言している押井守の『攻殻機動隊』シリーズみたいな)アニメーションの見応え、どの観点で観ても面白い。

様々な先行作品へのリスペクトを衒いなく織り込み、人間性の境界や科学技術のもたらす不協和を掘り下げ、ロボットという他者との関わりをドライに見つめるトラディショナルなSFの味わいと、アニメーションの技術としての洗練がとても良い塩梅の映画でした!パンフレットのデザインもポスターのメインビジュアルもセンス良かった!

『私がビーバーになる時』

若き環境活動家が地元の環境破壊を食い止めるべく動物たちと立ち上がる!?の社会派キュートな全力アニメ!

昆虫、魚類、鳥類から哺乳類などあらゆる動物が出てくるが、彼らの造形と社会性の絶妙なデフォルメ加減が天才的!動物たちの楽園である豊かな自然環境を、王国(キングダム)に例える先行作品は数あれど、王がビーバーなのが新しいよね!ちなみに頂点捕食者(プレデター)という概念はちゃんと作中にもあるし中盤以降は大活躍する。最近のティーン向けアニメはすごいな…。

科学と対話と行動が人を変え、未来を形作ることを、こんな具体的なテーマでやっててちょっとびっくりしたよね。今のあるべきリーダー像とか環境アセスメントのダメな例とか大事な内容を丁寧に盛り込みつつ、とんでもねえパニックホラーみたいな出来事を惜し気もなく捻じ込んできて、斜に構えた大人も大満足だよ。

序盤、丁寧に作り込まれた自然音の演出がすごく効いてる場面があって、映画館の音響で浴びると格別だったのも良かったです。

あとはあれだね、去年の映画ベストに書いたけど、既に成功した立場にいるクリエイターたちの冷笑仕草がここ数年で目についたりしていたが、本作は「世界、冷笑してる暇なんかねえんだよ!!!」つって爆速展開してて激アツだった。将来を担う子供たちに真摯に向き合うクリエイターが出してきたメッセージがこれだよ、みんなちゃんと聞け。オレ、『ワン・バトル・アフター・アナザー』と『エディントンへようこそ』の冷笑仕草がすげー嫌いなんですよ。

『アメリと雨の物語』

2歳半の少女が自分と世界の関係を認識し関わりを深めてゆく1年間を、60年代神戸の街並みや季節の移り変わりと共に美麗なアニメーションで綴る、これは世界の祝福!

見聞きし触れるもの全てが自分を変えてゆく圧倒的な経験を(それは確かに誰もが通ったはずの経験)、繊細にドラマティックに描き、世界は理解し難い痛みや哀しみを内包してなお美しいのだと教えてくれる、すごいアニメだった。

すべての場面で記憶と夢と現実と印象がシームレスに入り混じり、それゆえに鮮烈な体感を伴い信じがたいほど美しく、しかし現実の世界もそうだったはず、という人生のいつかどこかで知っている感覚を呼び覚ますような強烈なメッセージ性が絵そのものにあり、なんだかすごいものを観た…ってなった。

小さな子供が、どれほど全力で世界に向き合っているか、どれだけ繊細な感性を持っていて、大人たちの喜びや悲しみを全身で受け止めているか、世界の美しいものを知っているのか。こんなテーマをよくぞこんなキャッチ―なアニメにしたよな!!!

『ARCO/アルコ』

近未来、仕事で忙しい両親にはあまり会えず、幼い弟と世話焼きの家事ロボットと暮らす孤独な少女の元に、虹を纏った少年が降ってきた!ピュアなボーイミーツガールの大冒険、時代が違えど変わらぬ家族との関係、人類の未来を占うカタストロフなど王道のテーマをバランスよく語るエンタメ的なストーリーと、細密画のような線画アニメに圧倒される!

ラストはほろ苦くて、子供にとってはけっこうシビアだし未来のビジョンも明るくはないのだけれど、まるで主人公たち(と観客)を鼓舞するような力強い美術が素晴らしかったです。本当に、最初から最後まで線画の極み、みたいな背景がずっと続いててすごかったね。いやそこまで描くのか…描くのね、みたいな。キャラクターたちは割とシンプルなデザインで、メインのモチーフである虹に象徴されるような自然の美しさが際立つような画面構成になっているのも良い。特に強い光を使った演出が鮮やかで、大自然を眼前にしたときのような驚きがあり、映画館の暗闇との対比が印象的でした!

世界の複雑さ、つまり多様さや奥深さ、広さはすべて美しさであり、それをどうやってアニメーションで表現するか、という試行錯誤と閃きが、本作や『アメリと雨の庭』やその他すべての傑作アニメを傑作たらしめているのだなあ、と嘆息することしきりです。

『ボーイズ・ゴー・トゥ・ジュピター』

あまりにも強烈なルックスに衝撃を受けて、ポスター以外の前情報ほぼ無しで(予告も観た覚えがない)観てびっっっくりしたアメリカ発のインディーズアニメ!

西海岸のチルな空気、何も持たない若者の閉塞と足掻きをローファイなスタイルにドリームコアのイメージで描く独創的な3Dアニメで、ちょっと日常系SFみたいな仕掛けもあり、見た目はほのぼのしてかわいいけど結構キツい話だったよね…。

若者たち、将来に対する展望は何もなく、刹那的に遊び暮らすか搾取的な仕事で日銭を得るかの2択で、寂れて碌な産業の無い地元を出て行くための資本も持たず、ただ日々をやり過ごす。カラッと明るい日差しの下での乾ききった閉塞感、絶望にも飽きたような大人たち、仕事も財産も無い、大事なものなんか何もない、ショーン・ベイカーの映画で観たやつだ!!ってなりました。

単純化されたキャラクターたちは表情に乏しく(最初は誰が喋っているのか分からないくらい)、さらに引きの画が多く、明るいけれどどこかのっぺりとした背景、情緒的な表現を徹底的に排したカラフルな風景の中で、それぞれのやり方で絶望する住人たち。

監督は劇中の音楽もすべて自分で手掛けているそうで、キャラの心情や物語展開にピッタリ寄り添う歌詞、柔らかくどこか憂鬱なメロディが映画全体のトーンを決めていたね。多才!

ところでラストさあ……ハッピーエンドだとか資本主義社会への皮肉だとか意見を見かけたけど、個人的には深すぎる断絶と絶望だったよ……あの街に暮らす若者たちに世界があんな風に見えているなら、もうそこから這い出るすべはどこにも無いのでは?って思っちゃってさあ……えーん。

ところでここから完全にネタバレしますが。

かように見どころの多い面白い映画だったけどひとつだけ、あの”地底ミミズ”の台詞の字幕はもっとジェンダーニュートラルにすべきだったのではと思う。理由は作中に色々あったと思うけど、例えば主人公の少年のセクシュアリティはわざと曖昧にされていたし、地底ミミズ自身も配信のときは声を変えていたし、自分で性別を名乗ったりしてなかったような?「天使」には性別が無いはずだしね?そもそも地底ミミズとドーナツくん(こっちは”my son”て言ってた気がする)の造形からしてジェンダーを曖昧にする意図があるよね。

あと、もう一人の地底の住人(改造イルカ)と明らかに対比されてたしね。あっちは、女系家族における母娘の呪縛みたいな話をやっていたので……あれは、主人公とは別種の憂鬱を女の子たちが抱えているということなのでしょう。出口無し!!!

『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』

ようやく観れた!劇場公開ありがとう!!!とにかく劇中で主人公たちやライバルグループが歌い踊る楽曲そのものの良さ、ストレートな冒険物語と淡いロマンスと熱い友情、人間も人外もキャラデザが素晴らしく、そりゃ覇権とるよな!!!アカデミー賞の授与式で劇中歌のパフォーマンスがあって話題になっていたときには完全に蚊帳の外だったが、そりゃ話題になるよな!!!こんなキラーチューンだもの!!!

この映画、とりわけ年若い女の子たちにとってはすごくポジティブで元気の出る大事な作品になってるんじゃないかなあと思って、特に、主人公の三人のキャラクターが、単純な可愛さとかセクシーさとかが全然なくて、才能があってそのことに自負があって、でも弱いところやチャラけたところもあって、真面目だけどだらけるのも好きで、ものすごく個性的で魅力的で、とっても仲良しなところがすごく良い。今の女の子たちの憧れが詰まってるよね。

もちろん主役三人だけでなく、親世代やライバルたちの背景もそれぞれに興味深く、スピンオフはまだですか!?という気持ちでいっぱいです。続編では親世代の過去が掘り下げられるといいなあ~(ていうか主人公の出自の秘密の話は当然もっとあるよね!?頼むよ!?)

韓国の伝統的な意匠を取り入れつつ攻めたデザインの主人公三人も素敵ですが(武器のデザインとかね!)、マスコット的立ち位置の虎とカササギの使い魔、3Dアニメではちょっと他に思いつかないくらい、東洋の伝統的なデザインを流行りの可愛さに上手くデフォルメしてて、仕草も可愛らしく、あの二匹の日常短編アニメが欲しいよわたしゃ……。

『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』

これはとっても気に入ったので個別の記事を書いた!読んで!ていうか観て!!

はい!!

とりあえず上半期はここまで!!!

下半期はどうかなあ、海外アニメって公開規模が小さめだからかあんまり事前の情報が入らなくて、今のとこ予定は未定ですね。面白そうなのがあったら機を逃さず観て行こうと思います!

それでは!!!

映画『シャオ・メイ/ローマ大決戦』を観てローマの街に恋をする

なんかトンチキな邦題の『シャオ・メイ/ローマ大決戦』、ちゃんと面白かったのでみんな観てよね!という気持ちで感想を書きます!!途中からネタバレすると思うけど、まあそれで面白さが損なわれるような映画じゃないんでね…(多分)。

本作、映画好きの間では割と人気のある『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(←この邦題は思い切りが良くてめちゃカッコいいのにね!!!)でお馴染み、ガブリエーレ・マイネッティ監督が女性スタントマンをヒロインに迎えたカンフー映画、ということで、なにごと!?という感じで観に行きましたが、まあ~20世紀のカンフー映画とイタリアマフィア映画が、監督のポップカルチャーとローマへの愛で見事に融合した素敵なアクション映画でしたよ!

東アジアの女性たちの痛みと真摯な愛、強い意志とチャーミングな笑顔を、イタリアにも根深い家父長的価値観からの離脱や移民コミュニティとの軋轢と絡めて、イタリアの監督がこんなにも細やかに撮ってくれるのか~という驚きがあった。映画のテイストとしては、監督や出演者が、自分たちのルーツ(出自の、あるいは創作上の)に丁寧に向き合って、ジャンル映画への熱量を込めて真摯につくられたエンタメ作品という点で、『モンキーマン』や『ポライト・ソサエティ』と似た雰囲気を感じました。このへんが好きな人には刺さるんじゃないかな!

ということで、以下、好きポイントを並べて雑感です。ネタバレに気を付けてね!!太字にした見出しでピンときたら本編を観よう!!!!

・タイトルとオープニングクレジット!!とエンドクレジット!!!

カンフー映画リスペクトということでしたが、オープニングクレジットからのタイトルばーん!まで、マジで往年の香港映画、あるいは華語映画みたいでかっこよかった!スタッフや俳優のクレジットは黒背景に赤で筆書きぽい漢字(繁体字)とアルファベット表記で、原題の「Forbidden City」も「禁城」がバックにどーん!と出ててマジで良い(伝わるか?)。スタイルの統一感という意味でも、映画全体をびしっと締めていて、しびれるね。映画全体の雰囲気とも良く合ってるし、あのビジュアルをもっとプロモーションとかで押し出してくれても良かったのに…、という気持ち。

 

・魂のこもったカンフー映画リスペクト!

カンフー映画の主人公が戦う理由といえば、「復讐」ですよね!ということで本作も主人公の過去編で幕を開け、ただならぬ雰囲気のまま本編突入、ノンストップでバトルアクションになだれ込む!階段登りや工夫をこらしたキッチンファイト、市場でのバトルもあってみどころたくさん!主人公の衣装も、ボロボロのスウェットからゴージャスなドレスアップ、キッチュなジャージ上下まで、往年の東アジア圏アクション映画の主人公が着てるやつだ~って楽しくなっちゃった。

あとこれは有識者に要確認なんですけど、CDを割って即席武器として刃物代わりに使うのも、どっかのアクション映画にあったよね?このご時世にCD!?と思ったけど後で効いてくるので良く出来てるな、と思いました(何様)。

 

・活気ある下町としてのローマ、ちゃんと観光案内もしてくれる

監督がローマ出身でローマでずっと活動しているからこその、知り尽くしたローマの様々な魅力を見せてくれる素晴らしいロケーションの数々!最初のバトルからローマの下町に繋がるところ、観客の思い込みを逆手に取って、理想化しすぎないローマの町の魅力を鮮やかに表現していて素晴らしかったですよね!

その後も、多言語が当たり前に飛び交う、多彩なルーツやバックグラウンドを思わせる市場やコミュニティの描写が随所に差し挟まれて、しかもそれが映画のテーマに直結していて、とっても良かったです。ローマは、街は、誰にとっての”家”なのか?

落書きだらけの路地も、薄暗いでこぼこ道も、狭くて古い集合住宅も、アンダーグラウンドなライブハウスも、街並みに溶け込みつつ威容を誇る世界遺産も、全てが生活者の愛着のこもった目線で撮られていて、画面のなかで生き生きと輝いていた。この監督だから撮れた街の魅力、そしてちゃんとお上りさん向けに某名作映画オマージュの観光案内もやってくれるサービス精神……最高か。

いいから公式はロケ地マップを出しなさい。はよ。

 

・古い住人としてのイタリアマフィア、東西の家父長制

※ちょっとネタバレするよ!!!

本作、上手いな、と思ったことのひとつが、家父長制に代表されるような古い価値観からの離脱、をやるにあたって、年若い主人公二人と対立するのが彼らの父親ではなく、概念としての”父親たち”だったことですね。一般論というよりは、カンフー映画をリスペクトするなら、上の世代イコールそれらを生み出した世代であり、彼らを切り捨てて終わりには絶対にできないからね…。

上項で書いた、雑多な街に暮らす多様なルーツの比較的若い住人達に対比される、古い住人としてのイタリアマフィア。そしてすでに故郷を失って異郷に根を張るチャイナマフィア。どちらも、拡大する”家族”を養い庇護してきた東西の家父長たちが、新しい世代との断絶に直面し、悲しみと怒りを持って主人公たちに立ちはだかるという構図でしたね。それぞれに愛する”家”や”家族”があり、それを守るためにはその手を血に染めることも厭わない、老いた父親たち。

でもレストラン店主のお父さんは、主人公たちを二人とも、きちんと受け止めていたから(アクロバティックなやり方ではありますが)、単純な世代間対立に陥らせない脚本の巧みさだな~と思ったことです。

で、イタリアって聞くところによると欧州の中では家父長制が強固な地域らしいので、東アジアの血縁コミュニティへのシンパシーみたいなのもあるんだろうか、とか考えました。

 

・それぞれの復讐と古い「父」との決別

これはまあ前項の続きみたいな話なんですけど、だからネタバレなんですけど、異なる立場の主人公二人が、それぞれに「父」と決着をつけるのが脚本のバランス感覚すばらしい~と思って感心しました(だから何様)。例えばチャイナマフィアがラスボスだったら、別にそれでも物語は成立したと思うしアクションを盛れるから選択肢としては充分にアリなのだろうけど、そうはしないんだよね。たぶん昔も今もずっとローマを愛する監督だから、いまのローマの町を構成する人々を(それが法的にグレーゾーンな存在だったとしても、完全にフィクショナルな悪者に描いたとしても)排除する話は、それは違うっていう判断なのだろうね。だから本作のラスボスは、”成功した”移民であり街の構成員であるチャイナマフィアではなく、この街の多様な活気を受け入れず、それゆえに弱い立場に置かれた人々を搾取する年長の身内なのですよね。外からやってきた者たちが問題なのではなく、内側で変化を拒む「父」。そして「父」に向き合い引導を渡すのは、ローマの街で育った子供たちなのでありました…。アクション映画的な盛り上がりを手放してもクライマックスをあの決別シーンにしたのは、監督らしい判断だし、さすがにセンスがいいなあ!と思ったことです。

なんか最後が拍子抜け、みたいな感想も見かけたが、そんなわけないだろ。ぜんぶが丁寧に、あの決着に向けて積み上げられていただろうよ。映画の間ずっと寝てたんか?(暴言)

 

・歌曲が人生に寄り添うローマ!

話の流れを断ち切るのも恐れず突然歌い踊る大人たち!そうだここはイタリアだったわ(偏見)と納得しそうになるものの、注意深く観ると親世代と若者世代では歌や音楽との親しみ方の描写がけっこう違うんだよね。それぞれに切実さはあるし、それを互いに理解しようとはしてるんだけど…世代間の溝みたいなのをここでも感じてしまうし、そういう演出だったのだと思う。なるほどねえ…。でも東西を問わず、親たちとの絆になり得るのもまた音楽(しかも歌曲)なのでした。

そして若者世代で最も尖っていたラッパーのマッジョ、めちゃかっこよかったが彼は何者なのかな??

 

・ヒロインが超キュート、あらゆる魅力が詰まってる!

本作で驚くべき強さを誇るヒロインを演じたリウ・ヤーシー、スタントマンとしての活躍が長く俳優としては初主演だそうですが、とっても凛々しくてチャーミングで、美しくキュートで、アクションとロマンスのパーフェクトな主人公だったね!

映画の前半、悲愴な決意で行方不明の家族を取り戻すために闘う姿は研ぎ澄まされた刃物のように鋭く強靭で、深い怒りと悲しみに突き動かされ拳をふるう様は恐ろしくも痛々しい。

復讐の合間にふと浮かべる寄る辺ない不安げな表情。カチコミ用のドラマティックな盛装はクールで近寄り難い美しさ。心許せる相手に見せる緊張の緩んだ穏やかな笑顔や、二人乗りデートのはしゃぎっぷりはまるで幼い少女のようで、マルチェッロ(イタリア男子)と一緒に振り回されてみたくなるよね。映画を最後まで観たら、みんなぜったいこの女の子を好きになるはず、って監督がちゃんと確信してて、それがきちんとストーリーや演出と結びついてて、邦題でヒロインの名を冠したくなるのもまあ分かるよ、って感じの最高のヒロイン像でした(でも邦題はダサい)。

なんか、イタリアの監督が東アジアの女性の魅力をこんなに引き出せるんだ、ってちょっとびっくりしたんだけど、やはりモチーフへのリスペクトとオープンマインドな姿勢が大事なのかもしれない(映画のテーマ)。

あとはなんか東西麺類対決(対決ではない)やってたな~どっちも美味そうだぜ、とか、親世代がやたら恋多き人々で、さすがイタリア映画だぜ(偏見)、とか、見どころは他にもいろいろあるんですけど、長くなったのでここまで!

本当に良い映画なので、トンチキな邦題に負けずにみんな観てよね!!!そして感想を聞かせてね!

では!

映画『シンプル・アクシデント/偶然』を観て強靭な楽観主義に圧倒される

現代イラン映画界を代表するジャファール・パナヒ監督の最新作、『シンプル・アクシデント/偶然』を観ました!!!

今作、プロモーションにも割と力が入っていて、年明けすぐくらいから映画館で予告が流れていたのでとても楽しみにしてたんですよ。そしたら2月のアメリカによるイラン攻撃の後すぐに、監督がイランに帰国するっていうニュースを見かけて、心配していたらそのあと連絡がつかなくなったとかで、なんか、どういう気持ちで映画の公開を待てばいいのか分かんないよ、ってなってたところへいよいよ公開されたのが、このもの凄い覚悟の決まった映画だったので、ちょっと圧倒されてしまい、その勢いを借りてこの文章を書いています。

監督自身の投獄経験をかなりダイレクトに反映しているであろう本作、イランの現体制へのシビアな批評がありつつ、シンプルな筋立てのサスペンス&ブラックコメディとして実にエンタメ的な緊張感に満ちており、はっとするような鮮烈なメタファーがあり、人間の真情に溢れ、人間が人間を損なうことの罪の重さ、国家による人間の抑圧はそれ自体が暴力そのものであり取り返しのつかない傷を人や社会に負わせるということ、そういう目を背けたくなるような真実を、凄まじい切実さで描き尽くしていましたね。

こっから先、ちょっとストーリーの展開に触れるんですけど。

主人公が、かつて自分を拷問したと思しき男を捕まえて、報復しようとして、「人違いかも?」ってなってその処遇に迷い始めるじゃないですか。主人公の真面目な人柄とかはさておき、その捕まえた男は身なりがちゃんとしててある程度生活に余裕がありそうで、まあおそらく公務員(的な職業)で政権側の人間じゃないですか。だから主人公を投獄した権力の一翼を担っているのは間違いなくて、主人公たちが、男を(うっかり)死なせてしまっても映画としては普通に成り立つと思うんですよ。カタルシスもあるし、考えることがひとつ減るしね。

でも監督は、観客(と主人公)にそれを許さない。主人公の復讐心は頑ななまでに「自分を拷問した看守」個人に向かい、「人違い」の可能性を吟味し続ける。映画の中では判断はいつまでも宙吊りで、観客は脳のリソースを奪われ続ける。「許すか、報復するか、もうどっちか決めなよ!!」って観ている間に少なくとも一回は、みんな思うよね?…で、映画の間それを考えさせられ続けて、最後には思い知ることになるのです、国家による暴力の報いを、与えるのも受けるのもただの個人であるという状況は、その図式自体が圧倒的に不条理で不均衡で暴力的だということを。その状況に追い込まれることそのものが、権力による抑圧の手段であり結果だということを。

主人公が、その拳を、看守(と思しき男)に振り下ろすことは、それは復讐などではなく、国家による抑圧への加担になってしまう。

でさ、監督は、自身の投獄体験をこういう話に仕立てたってことは、自分が死ぬほどの目にあい、親しい人々を失ったりしてもなお、個人間の暴力の応酬は権力による抑圧のガス抜きにしかならずむしろ強化し得るから、理性でそれを押しとどめなければならないということを、人々に伝えなければならないし、それは合意できるはずと確信してるってことなんだと思うんです。

あの強烈なラストシーンも、ギリギリのところでの人間への信頼を現実の世界に積み増して行こうという、ものすごく具体的な試みだと感じて、監督は、今まで自分や祖国にあった悲劇をぜんぶ受け止めたうえで、本当にマジで世界をぜんっぜん諦めてないんだな、と思ってなんかもう胸がいっぱいになった。いま思い返しても、映画のエンドロール直前にあんな気持ちになれることってあるんだ…って感動してしまう。

あともうひとつ、これは本編の展開に直接かかわる話ではないんですけど。

本作、メインキャラクターのうち二人が成人女性で、どちらも最初ヒジャブを着けていない格好で登場するので、おや?と思ったのですよね。『白い牛のバラッド』や『君は行く先を知らない』で、監督が撮影上の難しさを語っていたのが印象に残っているので。この映画では、男性が多い店の中に入るときや、公的機関の人と会うときには小さめのスカーフをポケットから取り出して頭を軽く覆うんだけど、カメラの前で、基本的にはヒジャブ無し。で、パンフレットによれば、それはマフサ・アミニの死に端を発する女性を中心とした抗議活動の結果、街中でヒジャブを強制する空気が和らいだから、ということらしい。2022年の『聖なるイチジクの種』で描かれた通り、この抗議活動は苛烈な弾圧を受け、多数の死者や逮捕者を出して鎮圧された、というのが対外的な顛末なんだけど、それでもやっぱり社会は不可逆に変わるんだ、ということをこの映画で知ることができて、勝手にちょっと救われた気持ちになった。

レベッカ・ソルニットをはじめ色んな人が言っているように、デモなどの抗議活動が、政権交代や法律の改訂などの成果に結びつかないまま終息して無意味だったように感じても、見えにくいところで必ず社会が変わっていて、声を上げたことは決して無駄にならない。しかしそれは実際に生活し活動しているレベルでは実感しにくいことで、今の日本もそういう閉塞感に囚われているような気がするけど、この映画で、あの強権的な政治体制のイランでさえ、内部からの市民活動によって社会が良い方に(抑圧が減るように)変わったのだと知れたのはすごく良かった。いま国会前とかのデモに集まってるみんなに教えてあげたい。

この映画には、抑圧的な政治体制によって暴力を振るわれ心身に深い傷を負った人々がたくさん出てきて、息の詰まるような場面もたくさんあるけれど、全体的なトーンとしてどこか明るく、風通しの良い印象が残るのは、監督が確信を持って提示する希望が、そこかしこに様々な手段で描き込まれているからだと思ったのです。小さな子供以外のほとんどの登場人物が状況に絶望しているから(たぶん官憲でさえ)、希望が言葉で語られることは無いけれど、監督が大変な状況の中で感じた明るい兆しのようなものが、映画の中で確かな手触りを伴って存在していたと思う。それは本当にすごいことだよ…。

ということで、『シンプル・アクシデント/偶然』、普通に面白いサスペンスなのに知れば知るほど圧倒されてしまうすごい映画だから、みんなぜひ観てよね!

では!!!

映画『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』を観て移動の自由を噛み締める

移動の自由、お好きですか!!!わたしは好きです!!!

さて、ハンガリーでは16年ぶりにオルバン首相率いる政権与党が国政選挙で大敗を喫し、新興の中道右派政党が議席の2/3を獲得しましたが、この歴史的な出来事(正確な投票日は2026年4月12日です)を記念して本記事を書き始めました。ハンガリー国民、おめでとう!80%に迫る投票率!!!以前、ハンガリーの国会議員の野党候補の選挙活動を追ったドキュメンタリーを観たことがあるのですが、選挙制度がどんどん与党有利に変更され、ウクライナ侵攻中のロシアの援助を受けたオルバン首相が豊富な資金のもとで選挙を優勢に進め、とりわけ性的マイノリティの支援者たちが欧州の他の国への移住を決意するなど、非常に悲壮感のある内容だったので、今回の選挙結果は本当に喜ばしいことだと受け止めています。

度重なる選挙制度の改定により野党が圧倒的に不利な立場だったとはいえ、国民の大多数が投票権を持ち投票の秘密も概ね守られる普通選挙が実施されているうちに政権交代が実現できて本当に良かったです。トランプ(与党の選挙集会にバンスが出席して応援メッセージを送っていた)やプーチンが悔しがっているかと思うと(知らんけど)、自然と笑顔になりますね。

前置きが長くなりましたが、要するに『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』はハンガリーの映画なんですね!(先に言え)しかも割と意欲的な犯罪ドキュメンタリー・アニメ!もしかしてこの総選挙のタイミングを狙って公開したのか??と思わせるタイミングですが、どうなんでしょう。大変充実したパンフレットでもちゃんと現政権や選挙について言及されていた(後述)。今回の選挙結果と併せて、注目されてヒットするといいなあ!!という応援の気持ちを込めて、本記事はお送りさせて頂きます。普通に面白いし鑑賞者プレゼントのセンスがいいから、みんなさくっと観るといいよ!!!

…だいたい言いたいことは以上なんですけど、これで終わるのもアレなのでもうちょっと続きます。

ていうかアニメでドキュメンタリー??ってなるところですが(だいぶ直前までフィクションだと思っていた)、そういやアフガニスタンから亡命した青年の半生をインタビュー中心に構成した『FLEE フリー』という先達があったのだった。あちらも出演者のプライバシーを守るためのアニメーションだったね。

1989年、鉄のカーテンが崩壊し国境が全面的に解放されたハンガリーで、「ただ外国を見てみたい」若者たちにとって、鉄道の国際切符は余りにも高価で手が届かない…ならば、偽造するしかない!ということで偽造の手口を確立し自由の空気を存分に吸い込みながら見聞を広め、同じ志を持つみんなのために10年にもわたって切符の偽造を続けた元気な若者たちの話です!なんというアナーキー!!!自由って素晴らしい!←笑うとこだよ

本作、基本的に陽気な青春モノとはいえ、時効が成立しているのかとか細かいことは分からないけど、描かれるのが違法行為なのは間違いなく、誰もその全容を掴めないほどの規模・期間で行われ(パンフレットの監督インタビューによれば、長距離の列車旅は偽造切符を使うのが当たり前だったとかで…???確かに本編中にも、いやその用事なら正規のチケット買いなよ、みたいな注文も出てくる。ふーん…)、社会への影響を考慮すると、実写ならモザイク&声変は必須、みたいなれっきとした犯罪ドキュメンタリーなのであった。なるほど。しかも悪名高い独裁政権下とあっては、後に残る形で迂闊な発言を記録・公開されるのはだいぶ困るよね。犯罪を告発するタイプの映画じゃないしね…。

で、その辺りに最大限の配慮をしつつ、アニメだから遠慮も吹っ飛んだのか、ものすごい具体的な偽造の手口が手際よく紹介されててだいぶ笑わせてもらったのでした。マジで面白い。全体的に若者たちはみんな前向きに真面目で将来への希望を持ち、目端も利いて勤勉で、起業サクセスストーリーでも見てるんかな?という感じの展開の早さ。ウケる。

アニメーションらしい(そもそもルックスがアートアニメっぽいし)自由闊達な映像表現も存分に楽しめるのですが、わたしがアニメという手法の必然性を最も強く感じたのは、ラストで偽造切符の売り手や客、証言者みんなが集って90年代を懐かしむシーン。みんな大好きなあの絵(ネタバレしたくない人はリンクを踏まないようにね!)のパロディで、都市の匿名性と独立心、時を越えた仲間意識や親密さが鮮やかに表現されて素晴らしいラストカットになっていて、監督の、あの時代を共に生きた証言者たちへの思いが伝わってこちらまで感動してしまった。なんだか、あの短いゴールデンエイジを過ごした仲間たちへ監督から連帯の挨拶を送っているみたいだったね。肉声データをつないで再構成しても、実写であのシーンは撮れないもんね。

この、抑圧的な体制が転換しすべてが解放されていった10年間、あの輝かしき日々、の終わりに登場したのがオルバン一期目なんだそうで(パンフより)。…できすぎだよ!!!共産主義の残存勢力と戦うためという大義名分を掲げて、強権的な政治手法を用いて地位を築いたのだそうです。なるほど~、たぶん、この映画に出てくる若者たちみたいに自由を最大限に謳歌して新しい価値観を身に付けて行った人々と、それを恐れる人たちの間で(例えば世代間での)軋轢とかもあって、それがオルバン一期目の支持の源泉になったんだろうな、とか思いました。ドイツのワイマール期や日本の大正デモクラシーみたいにさ。

パンフレット、コンパクトながら知りたいことがだいたい書いてあるので大変おススメなのですが、監督にもちゃんとオルバン政権についての見解を聞いてて、そりゃ映画の題材がこれだから、てのもあるけど、なかなか珍しいよな!?ってなりながら興味深く拝読しました。みんな読んだほうがいいよ。監督が日本に来たときの風景スケッチも載ってるよ。

ということで、めちゃくちゃタイムリーかつ面白くってためになるハンガリーのアニメ映画、『ペリカン・ブルー 〜自由への切符〜』の話でした!

観れそうだったらぜひ観てよね!!!

では!!!

2026年、映画館で観た旧作映画を振り返る

すごい、ぼんやり暮らしていたら、あっという間に3月が終わろうとしている!!びっくり!!!

あまりにもブログ記事を書かなさ過ぎて、特に書くこともないな…ってなってこのまま終わってしまいそうなので、リハビリがてら旧作映画の振り返りを書くことにしました。えらいね。

相変わらず過去の名作映画を追い切れていないので、せっかく映画館で上映してくれるなら観ておこうかな、みたいな動機で観ています。しかし20世紀以前の映画、当然ながら映画館での鑑賞を想定して作られているはずなので、その環境で観れるのはありがたいことです。ありがとう、配給会社と映画館!!!

『ストレイト・ストーリー』

実は初見でもないのですが。去年、NKKBSで放送してたのを観てめちゃくちゃ感動して(あまりにも良かったので録画を連続で2回観た)、デヴィッド・リンチの持てる技術の全てがこの美しい映画に注ぎ込まれていて本当に胸打たれたので、4Kリマスター版上映の報せに喜び勇んで駆けつけたのでした。やったね!

『マルホランド・ドライブ』はものすごく面白かったけど現実世界に対してあまりにも辛辣(もちろんそれは監督の深い洞察ゆえではあるが)だったのがちょっとキツくて、それに対してこの『ストレイト・ストーリー』の率直な美しさといったら!!デヴィッド・リンチの持つ映画の技術の全て、鋭利な美意識と洞察、辛辣な批評性までもがこの世に確かに遍在する愛を語るために惜し気もなく費やされていて、あまりの得難さに言葉を失ってしまうよね。

その愛はもちろん観客にも向いていて、演出や構成がめちゃくちゃ観客に親切で、人物の動きや表情の画が必要十分で分かりやすく、誰もが一度は愛したであろう何気ない風景が恩寵を受けたかのようにきらきらと輝いて、ストーリーは豊かなドラマを内包しつつ間延びしない。

デヴィッド・リンチにとって、世界は不条理な痛みや苦しみに満ちていて、人間は耐えがたいほどに愚かで、ときに憎しみさえ覚えるものではあるけれど、それでも人生を賭けて愛する価値のある美しいものでもある、ということが心の底から理解できて本当に良かったです。この映画のことを思い出すたびに泣きそうになるんだよ…(映画館での鑑賞時、マジの序盤で大号泣した)。映画を撮ってくれてありがとう……。

あと映画館で観ると、音響にもすごく凝ってるということに気付きましたね。見どころ(聞きどころ)はいろいろあるけど、あの出立前に娘に小言を言われてる時の金属を加工するキイキイ音、人によってはかなり厳しいのではないだろうか。みなさんいかがでしたか(?)。

『ザ・セル』

2025年の映画界隈で盛り上がった『落下の王国』のターセム・シン監督の長編映画デビュー作!!

『落下の王国』の感想でもちらっと書いたんですけど、なんか根本的なところで監督と価値観が合わねえ気がする、と思っていたのですが、『ザ・セル』で確信した。同じように夢の世界を扱っていても、上のデヴィッド・リンチの美意識とは対極にあるような気がしますね。

それはともかく、本作は監督の狂気的なまでのイマジネーションの奔流に首まで浸かって溺れるくらいがちょうどいい鑑賞態度なのでしょう!真面目に考えると、すごい変な映画だよな…精神世界に入り込む技術はストーリー上は何の役にも立ってないのに、みんなが真面目にその技術の話をしていて、なぜ…って思ってるうちに終わった。安全装置もいい加減だし、開発中の実験室でこっそり使ってみた、っていう話にしたほうがよほど飲み込みやすいストーリーになっただろうに。とか。

なんか全体的に、いろんな要素がケンカしてるよ~~と思いました!でも好きな人がおるのは分かるよ!

『悪魔のいけにえ』
初見!導入部は見覚えがありますが、最後まで観たことはなかったはず!!!こういうプリミティブな雰囲気のホラー映画めちゃくちゃ苦手なので、映画館で観るかどうか迷いに迷って、しかしいい感じに時間が合ったので頑張って観に行きました!

いや~~監督の才能がすごい!!こんな才気迸る映画だったんだね、そりゃみんな(みんな?)真似したくなるよな…。

緊張を高めカタルシスを積み増しする場面の重ね方と、恐怖を畳みかけるスピーディーな展開とのバランスが天才的で、工夫を凝らした演出と手作り感のある美術も非常に見応えがあって良いですね。っていうか、ライティングとカメラワークが神がかっているな…とか考えてないと怖すぎて画面が見れないのよ。シンプルな怖さって、怖いね……。

あとリマスター版だからかもしれないけど劇場の立体音響がすごくて、廃屋の2階の足音とか背後から迫るモーター音とかの演出効果抜群で、いやそこまでは結構です、って思いました(弱気)。なんかタイミング悪くてまあまあ広いシアターでほぼ貸切だったんだよね…やっぱ映画館は音がいいね…えーん。

さすがにホラー映画のマスターピースとされるだけあって、とっても面白かったです!直接的な暴力描写が意外と少ないのも助かった、やっぱり演出がいいんだね。ラストもカッコよくて、真似したくなるのすげー分かる。地獄の始まりっぽくてさ。

そしてプレステの『バイオハザード7』はものすごく明確に本作オマージュだったんだね!(今さら……)えーみんな知ってた??(知ってただろ)たぶん他にも無数に触れてきたであろうオマージュやパロディの元ネタをようやく把握できて、良かった!!

『汚れた血』

レオス・カラックス、合わねえ~~~!(なんという言い草)強盗を計画するギャングの話なのにみんな色恋沙汰の話しかしてない!!!なぜ!!!

ていうかさ、プラトニックな三角関係を成立させるために「愛の無い性行為で感染する致死性のウイルス」などという無理やりな設定が必要なの、いくら何でも変だろ!!!

過去も未来も、現在さえも叶わぬ恋の前には霞んでしまう、恋愛映画の純粋培養みたいな話だったのかもしれない。いやごめん、なんも分からん……。

『ファーゴ』

初見!そしてコーエン兄弟作品も初めて!やったね!

ややネタバレになりますが、最初に「実話に基づく」って出たからラストで子供があまりにかわいそうでは、と思ったけど、「実話」ってのからしてフィクションというのを後から知って、いやそういう感じ!?ってなったのでした。ふーん…。ファーゴっていうタイトルも最初に出てくる街の名前以上の意味はないらしい、ってのも、ふーん……。

アメリカの地方都市および郊外の街を舞台にしたサスペンスで、いろいろ見どころはあるけどやっぱフランシス・マクドーマンドですよね!!!みんな言うけど!!この悪趣味すれすれの犯罪コメディ映画に、人間的な手触りをもたらしているのは彼女が演じる警察署長だけ、と言っても過言ではない。知らんけど。

全体的に、人間は愚か、って感じのブラックコメディなのに(演出とか展開とか)、警察署長のキャラクターもその枠を外れているわけではないのに、誠実で親切で、等身大の善性と洞察、素直な正義感のある、信頼のおける捜査官(しかも妊婦)になっていて、フランシス・マクドーマンドの実力を思い知らされますね。この物語で捜査官までコメディ界の住人だったら、例えラストの展開が同じでも救いが無さ過ぎると思うんだよ。このオフビートながら容赦ない犯罪映画の中で、燦然と輝く人間性が素晴らしい。こんな感じのキャラクター、最近の映画でもパッとは思いつかないレベルでフレッシュだった。

しかしスティーヴ・ブシェミはどこにでも印象的な役で出て来るな…たまにはどうでもいい映画にどうでもいい役で出ていたりするのだろうか。

『ユージュアル・サスペクツ』

これも初見ではない!BSでやってたのを観たら面白かったので!

オチを知ってて観るとどうだろう、とか思いながら観ましたが、「信頼できない語り手」を映像化するのって工夫の余地があって楽しいね!語りの時系列をどうするかで、観客の知っていることと知らないことをコントロールしていて上手いなあと思いました。初見のときに、ちょっと初期の『ミッション・インポッシブル』ぽい面白さがあるなあと思って、クリストファー・マッカリーのフィルモグラフィーとしても納得感があった。こういう系統の仕事はもうやらないのかな(最近の『M.I.』シリーズあまりに大味なので…)。

ラストで歩いて行く足元を撮った一連のショット(ネタバレに配慮した表現)、たまらんよね。カッコいい~!

『パルプ・フィクション』

休日午前の映画館がほぼ満席、客層は50代以上のシネフィルおじさんとお洒落な若者たちが半々くらい!!なんだこの熱気!!!

しかし鑑賞後に納得しましたよ、これは好きな人が多いの分かる!!だってカッコいいもんね!!!雰囲気が!!!あと主役クラスの俳優陣がみんなフレッシュで魅力的で、本作がキャリアの転換点になったという話も頷ける。凝った時系列操作はエンタメ的なサスペンスを丁度良くホールドしてちょっと賢げな雰囲気もあり、演出や展開はハッタリが効いてて鮮烈な印象を残す。音楽の使い方もオシャレ!!

で、この辺りのポイントって、その後のタランティーノ作品を特徴づけてる要素がすべて入ってるんだよね、たぶん。で、各要素の匙加減のバランスがいいし、日本人の目から観ると極端に露悪的なところとかがあんまり気にならない。だからタランティーノ作品とかが好きな人が、本作を特に評価するのは、まあ分かるな、って感じです。

自分はタランティーノをそこまで信頼していないので…、オチまで観るとキャスティングもなんか意地悪だな、とか思っちゃった。もちろん面白かったよ!これが出世作なのは大納得です。あと時系列がややこしいので映画館で集中して観れて良かった!と思いました。

はい、ということで旧作感想シリーズでした!

こんな感じで呑気にフィクションを楽しめる世界であれ!!!マジで!!!

では!!!