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映画「コーダ あいのうた」を見て「エール!」も好きだったなと思った

はい!

ビッグタイトルの賞レースに参戦して一気に知名度が上がるも、地元の映画館ではLASTマークが点灯し、かつ朝イチの上映だけになってしまった「コーダ あいのうた」ですが!おかげで休日の朝っぱらからべしょべしょに泣く羽目になってしまったわけですが!だからこういうの弱いんだってばよ~~!

タイトルにもなっているCODAは、Children of Deaf Adult/sの頭文字をとった言葉で、両親、またはいずれかの親が聴覚障害を持つが本人は健聴者である子供、のことだそうです(音楽が重要なモチーフになっている映画なので、個人的には、音楽用語としての”コーダ”とも通じる響きで面白いなあと思っています)。

この映画、フランスで製作された「エール!」のリメイクなんですよね。去年、配信で観た「エール!」、すごく良かったのでリメイクされてどうなるかなあ、てちょっと心配してたんですけど、リメイク元の美点はそのままに、よりテーマを分かりやすく、誠実にブラシアップされていて素晴らしい出来栄えでした。そりゃ賞レースでも注目されますわね。普遍的な家族や自己実現についての物語と、現代的な多様性の称揚、マイノリティへのエンカレッジが丁寧に語られていて、しかも明るくポップな青春賛歌でもあって、とっても良かったです。

で、監督が今回のリメイクでやりたかったことが、「エール!」からの改変部分に注目すると分かりやすいな~と思ったので、自分用メモとして残しておく意味で書いておきます!まあ絶対どこかで語られてると思いますけども。賞レースの集大成であるところのアカデミー賞の授賞式前に、自分で考えたところを残しておこうと思って。

というか、プロットといいキャラクター設定といい、ほぼリメイク元を踏襲してましたよね。主人公やその両親、友人や、デュエットのパートナーの少年も、かなり寄せてる感じだった。だからこそ余計に、今作であえて変えたところがポイントになってるな、と思いながら鑑賞しました。

ということで項目ごとに書いていきますが、まあまあネタバレすると思うので(それで感動が薄れるような作品ではないけどさ)、予備知識なしで観たい人は回れ右をお願いします!

行きますよ!

タイトル

原題を見ると、「エール!」のほうは「ベリエ一家」ていう割とシンプルなそのままのタイトルなのに対して、今作では「CODA」とはっきり示したことで、家族の物語でもあるけど、CODAである少女の話なんですよ、ということがより明確になりましたよね。以降で書いたリメイク元からの変更点も、基本的にはすべてこのタイトル変更で意図されている内容に沿ってるんだな、と感じました。

映画自体もこのタイトルを背負うのに相応しい出来栄えで、製作陣の取り組みも先進的で、世界中で高い評価を獲得したおかげで”CODA”という言葉自体が広く知られるようになるのも、本当に良い。エンターテイメントが発揮できる、最良の影響力のひとつだと思います。だから上映を終えてる場合ではないのよ…がんばれ映画館…。

俳優に実際の聴覚障害者を起用したり、手話監督を付けたりといった取り組みを通じてこの映画が目指したもの、それを端的に示すタイトル変更なのだと受け取りました。

 

弟と兄

ルビーの兄弟を、弟ではなく兄にしたことによって、ルビーが背負わされてるものの特殊さや重さがクリアになってましたね!家業を継ぐ意思も能力もある長兄がいるにももかかわらず、”聞こえる”ために家に残ることを要請されてしまう。で、兄は自分が家業を支えているという自負と、聞こえないことによる様々な疎外の間で揺れていて、それが両親や妹との確執をもたらす、ということが丁寧に描写されていて、物語に厚みが出ていました。「エール!」の弟はな…いい奴だし聡明で責任感もあったけどさすがにまだ子供っぽくて、家族の中での存在感が薄くてちょっともったいなかった。成人した兄にしたことで活動範囲が広がって、聴覚障害者の日常生活の描写が増えたのも良かったですよね。ただまあ後でも書きますが、この改変のためにルビーが両親に引き留められることの理不尽さが増大してしまったので(弟の場合だとせめて弟が成人するまで、っていう説得に納得感があるけど、今作の場合はお兄ちゃんがすでに一人前なので)、その点は何らかのリカバリーが必要だったかもしれない。

 

追加されてるシーン ※ネタバレあるよ!

演出とかアイテムの変更は色々あったんですけど、細かいところはあまり覚えてないので、明確にリメイク後に追加されたと分かるシーンについてです。

まず、「エール!」のほうでは明確に語られなかった、ルビーが就学時に発音をからかわれた話と、レッスン中に、歌うときの気持ちを手話で表現するエピソード(静かで情熱的で、本当に美しいシーンでした)が入ったことにより、最後の歌唱で手話交じりのパフォーマンスを披露するシーンの深みが増していましたね。この二つの挿話で示されるのは、ルビーにとってのmother languageは、手話だということですね。入学試験で歌うときに手話を交えたのは、家族に伝えたい、という気持ちもあったと思うけど、より本質的には、ルビー自身がその思いを載せることができるのは、声で表現する歌詞よりも、手話のほうだからなのですよね。それで、歌に自分の気持ちが重なったとき、ごく自然に手話が出てくる、ということが良く分かる。「コーダ」で追加されたエピソードが、このクライマックスのための丁寧な積み重ねだったんだな、と最後まで観てめちゃくちゃ納得しました。

あとは、デュエットのパートナーである少年との恋愛エピソード。「エール!」のほうは割と二人の関係はさらっとしてて、情熱的な両親との対比が面白かったし新鮮だったんですが(思春期の娘より熟年夫婦のほうが性愛に積極的、っていう設定が特に説明なく出てくるの、なかなか斬新だと思うんですよ。ヨーロッパの映画って感じ)、「コーダ」のルビーはちゃんと恋愛してましたね(友達以上恋人未満、くらい?)。なんか、ティーンエイジャーらしい青春を経験できて良かったね…てなりました。ルビーが少女らしく溌溂と輝いて、良いシーンでした。だからまあ、それを(後述する)家業の危機と対比させなくても良かったのでは、という気持ちもある。純粋な喜びとして受け止めたかったな、ていうね。この話は次項につづく。

 

酪農業と漁業、選挙と組合 ※ネタバレするよ!

主人公一家の家業が、フランスの主要産業である酪農業から、監督にとって馴染み深い漁業に変わったこと自体はなんとも思ってなかったんだけど、それに伴って展開を変えた部分がちょっとやりすぎかな…という気がしました。日本にも、遺伝的に(確か)聴覚障害が多くて独自のシステムを築いている漁港があったりするので、「エール!」の地に足の着いたポジティブさ(と普段は意識に上らない閉塞感)のほうが実態に近い気がする。でもまあ漁業にしたことで、家族の立場の不安定さが分かりやすくなってたのは、それはそう。ただ、いくら田舎(?)だからって海上監視員が乗組員の予備知識無しで来るかな…やっぱりあの辺の展開は無理があったと思います…。父親の、その父親も漁師だった!って言ってたから主人公一家の聴覚障害自体はコミュニティの中では周知のはずだし、第一次産業がメインの地方の、地域密着型のお役所はそのあたり心得てると思うんだよな。だから監視員が事前のレクチャー無しで来て、いきなり沿岸警備隊に通報する展開はちょっと違和感がある。一次産業の仲間内の結束は外部に対しては非常に固いはずなので(そういう描写もあるし)、監視員が来る日にルビーがいない、て分かった時点で他の漁船から何らかのフォローが入ると思う。で、ここで生じるピンチと、組合の成功の繋がりが希薄だった(気がした)のと、あと「エール!」のほうで描かれた選挙での失敗というのはコミュニティとの断絶でもあるけど自己実現の挫折でもあって、それを経験した父親が娘の挑戦を応援する、っていう流れが素晴らしかったので、そこは明確に「エール!」のほうが好きでした。

この辺りの家業の危機とか、事業継続の困難さの設定の作り込みがちょっと甘かったせいで、ルビーを引き留める両親の理不尽さが際立っちゃって、それに憤りを感じる人がおるのも分からんでもないのよ。前の方で書いたけど、しっかりしたお兄ちゃんがおるしね。「今が大事なときなんだ」「ここに居るほうがいい」っていう切実さがイマイチ伝わりにくかったというか。その辺はもったいなかったな、と思います。

 

良かったところは全部そのままだったね

でも全体的に、「エール!」の良かったところは全部そのまま踏襲されてて、観ながらニコニコしちゃった!フランスっぽい(←偏見)下ネタ上等のセクシーな両親とか奔放な友だちとか、家業の丁寧な描写とか、ルビーが舞台で歌うシーンの演出とか、好きなところが全部入りだったのは嬉しかったです。「コーダ」の作り手も、「エール!」をちゃんと愛してるんだな、というのが分かって本当に良かった…ううぅ…。この辺りは「エール!」のプロデューサーの一人が製作に参加してることの影響が大きいのかもしれん。

ところでしょうもない感想ですが、V先生良かったですよね!好きになるに決まってるよね~~!!(断言)みんなも好きじゃろ????「教職が天職なんだ」って自分で言ってたけど、そういう覚悟が決まった職業人に特有の、目的のために適切な手段を最短で選択していく感じがすごい良かったですね。ファッションも言動も、バチバチに決まっていた。最高。

ということで、「エール!」は大好きだけど「コーダ」もちゃんと好きになれて良かった~っていう感想でした!話題作だし、誰にでも薦められるよい映画ですよね!

まだ観てない人でうっかりこの記事読んだ人は観てよね!!!「エール!」もアマプラ見放題に入ってるらしいのでよろしくね!!

では!!!!