窓を開ける

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映画「TAR/ター」を観て主人公のしぶとさに心打たれた

6月中にこの文章リリースしようと思ってたのに、もう7月が終わる~~~!!!

ちょっと前ですけど『TAR/ター』、観ましたよ!!すごかったですね!!!

しかし行きつけの映画館でやってなくて、アウェーのとこまで出かける羽目になったよね…なんか公開規模、小さくないです??”芸術映画”だから???

それはともかく、ほぼ全編にわたって画面に出ずっぱりのケイト・ブランシェット様の眩いばかりの輝きを存分に浴びて大変に満足しました、はい。そもそもが虚構である映画の中で、嘘をついている演技をするのってすごく難しいと思うんですけど、その匙加減が素晴らしかったですね!!演技をしている演技、をしている演技…の無数の入れ子構造を自在に行き来する稀代の熱演でした!

で、まあ有識者による感想や解説はほぼ出尽くしていると思うのですが、自分の感想を忘れないうちに振り返っておこう…と思いまして。

賛否あるみたいですが(そりゃそう)、自分は好きですね!!なぜなら美しくて賢くてふてぶてしい女がしぶとく成り上がる話が大好物だから…(そこ?)。そして伏線を散りばめまくったサスペンス的演出も大好きなんよね。ありがとうエンタメ指向。そういう意味で、個人的には『シンプル・フェイバー』とか『パーフェクト・ケア』とか『氷の微笑』(←最近4Kレストア版を観て、面白さを再認識した)と同じ棚に入ったんだけど、こんな凝ってて各賞ノミネート&受賞しまくりの高尚(高尚て)な作品をそこに並べてよいのだろうか、とか思わなくもない。まあいいや。

ということで、以下、ただの感想です!!たぶんネタバレしてしまうと思う……なぜなら自分の解釈に自信がないから……(ていうか、どこまでがネタバレなのかよく分からない!!むずかしいよ~~)

なお、いくつか読んだ解説のなかで、いちばん納得感があったのがこちら→『TAR/ター』芸術に神はいない|うまみゃんタイムズ

正直、こちら読んでいただければ以下の文章には特に価値は無いです。はい。

音楽とか演出とか

稀代の指揮者、リディア・ターは女性の身ながらクラシック音楽界の頂点(それはつまり現代の音楽業界の頂点でもある)を極めようとしていた…っていう粗筋(設定?)から、文芸映画っぽい印象を持たれるかもしれないが、実際のところは「リディア・ター」の正体をめぐるサスペンス・スリラーだよね!?後半とかもう演出が完全にサスペンスなのよ。後から思えばオープニングの謎めいたやり取りからしてまあそうだった。ところであの会話、せっかくチャット画面で性別が曖昧にしてあるのに字幕がちょっと微妙だったですね。

閑話休題

主人公のリディア自身、そして周囲の人々もみんないわゆる”信頼できない語り手”なので、聞こえてくる音や画面に映っているものさえ、そこに実在するのかを考えざるを得ないという、めちゃくちゃ観客に負荷をかけてくる演出が素晴らしかったですね!監督は疲れ果てたらしいが(どこかのインタビューで言ってた)。圧倒的に美しい音楽やさりげない生活音さえ、何かを示唆しているはずで、全ての要素に意図があることだけが確かな、精緻に作り込まれた物語を彩る無数の音……。

とりあえずですね、冒頭の演出からもうずーーっと音響演出が凝っててすごい(語彙力の無さ)。この音響演出を体感するために映画館で観る価値があるし、音の演出自体がストーリーの伏線になっているので、おうちで観るときはヘッドフォンとかを使った方がいいかもしれない。音量のレンジが広くて、立体感のある音響環境を推奨します!

ところでオープニングとエンディングの音楽がきっちり対になっていることに、二回目の鑑賞でようやく気付いた。遅。後から考えると親切な伏線だったな…てなるのも良いサスペンスの証しだよね!※個人の見解です

 

リディアのキャラクターとか

で、リディアなんですけど。

現実ではまだまだ希少な女性のトップ指揮者ということで、”ああいう感じの人物が、登り詰めて誰にも手出しできないほどの権力を手中にした”という設定自体が現実的ではない、という指摘は関係内外からあったらしいですね(ソースは見失った)。その指摘自体には一理ある気がするものの、二回目を観た後ではその不自然さ自体もストーリー上の仕掛けだったりしないかな、と思ったり。

トッド・フィールド監督や俳優たちの発言などを読むにつけ、たぶん本作は権力をめぐる寓話としての側面があって、男性を主人公にしてしまうと、歴史的経緯や社会的状況、俳優本人のキャラクターなどがもっと前面に出てきてしまって、本作で描きたかったであろう「構造」が分かりにくくなるのでは、とか考えました。

ただまあ、権力を持つ主人公を女性にしただけ、でこんなにセンシティブな反応が噴出すること自体を製作陣が想定していたか?っていうと、半々くらいな気がする。日本語に訳されたインタビューとかプロダクションノートしか読めてないので、断定的なことは言えないけどね。

セクシュアリティの設定についても、指揮者とコンマスが男性/女性の場合や、男性/男性、女性/男性、のパターンだと、この映画で扱う範囲以上の現実社会の権力構造を招き入れてしまうので、焦点がぼやけてしまう可能性が高い。それを作り手の”逃げ”だと言われてしまえばまあそうなんだけど…。これ書いてて思ったけど、コンマスが男性で他の登場人物の性別がそのままだったら、それはそれで別の緊張感があって面白かったかもしれんな(不謹慎では)。

で、実際の女性指揮者が本作に対して感じる違和感については、個人的に『モンタナの目撃者』のときに感じたことと同じなのではと思うんですよ。そのときは誰も言ってなさそうだったからメモ代わりに記事を書いた(→映画「モンタナの目撃者」を観てハンナの来し方に思いを馳せる - 窓を開ける )。

自分はとある分野のやとわれ労働者なので、本作のリディアよりはプロフェッショナルな組織人のハンナのほうが立場が近くて、そっちの違和感に気付きやすいっていうことだと思います。

 

オチとか

ラストの展開について、キャンセルカルチャーへの異議申し立てと受け止められるのは、製作側としては不本意なのではなかろうか。リディアがキャンセルされること自体への賛否は明確にしないように脚本も演出も(かなり注意深く)コントロールされていたように思う。

しかし指揮者というのは、その立場を成り立たせるためには奏者の存在が不可欠で、それ自体が権力構造のメタファーみたいだな…ってこれまた二回目の鑑賞で気付いたのでした。権力は、それが求められるところに存在する、っていう話なのかなと(ラスト含め)。

だからリディアの失墜の直接原因になったスキャンダルについては、観客に事実が分からないようにしたのも、権力を生み出し支える構造そのものを焦点にしたかったからなのでしょう。しかし昨今のエンタメ業界を取り巻く情勢を鑑みると、そのエピソードの扱い方は野心的というより挑発的だよね。

そう考えるとですね、ラストがオリエンタリズムっていう批判はちょっと違うのではないか。ただ、リディアが、自分がそれまで顧みなかった別の評価軸を都合よく利用しているってのはそれはそうで、そのこと自体の価値判断を作中で保留しているのが、批判の対象になるのは分かる。で、そういう行動はリディアの権力というものへの感受性の鋭さを表していて、これからも指揮者として前線に立ち続けるのだろう、ということを観客に予感させるのですよね。だからあのラストは個人的にはけっこう好きです。

これはあんまり本編と関係ない話なんですが、東アジアのポップカルチャーのファンダムがあんな感じ(ラストのあれ)かどうかは異論がありそうね。なんであんな厳粛な雰囲気になってるん…???

 

そのほか

パンフレットに載っていたインタビューでケイト・ブランシェットが言及していた、娘にピアノを教えるシーン、本編に無かった(よね?)のですが観てみたいですね。円盤特典とかに収録されるのだろうか。

あとパンフといえば、存在感のあるレコードジャケットサイズだったので、おぉ…ってなりました。ちなみに『エルヴィス』に続き、です。内容も、充実した監督・俳優インタビューに加え、クラシック音楽業界まわりのしっかりした解説がありがたかったです。

公式のコンセプトアルバム(?)とか、レコードとか、音楽周りの供給は非常に充実しており、プロデューサーの意気込みを感じますね。確かに音響含め、作り込みがすごかったからな…。こういうときに、音楽系のサブスクがありがたいよね。映画をたくさん観るようになってから、サントラとか関連プレイリストがすぐに聞けるありがたさをすごーーく感じています。ありがとう世界。

さて、ここで文章をダラダラと書いている間に、ケイト・ブランシェット俳優業を引退するかもとの発表があり、寂しい気持ちと共に、こんだけの仕事をすりゃあそれはね、とか思ったりしている。そのあと、スパークスのライブで謎ダンスを披露したというニュースを目にして、お元気そうで何よりですね…と思いました。

まあまだ観てない出演作は山ほどあるので、引退を惜しむような立場ではないんですけど。

けど。

ちなみにあなたのケイト・ブランシェットはどこから?自分は映画館で観た『ロード・オブ・ザ・リング』からだと思っていたが、その前に『耳に残るは君の歌声』を観ているな…??何も思い出せないが…(配信してないし…)。

思えば、映画館で映画を観るようになってからこんにちまでずーっと第一線で活躍していて、この人が出ているなら面白い作品なのでは、と思わせてくれて、その期待を裏切らない稀有な俳優ですね。自分と同世代の映画ファンならみんな、ケイト・ブランシェットには頭が上がらないのではないか。なあそうだろう、みんな。

ということで『TAR/ター』、さすがに面白かったし最前線!って感じの映画だったので観れたら観てね!!音響環境を整えるのが大事よ!!(自宅の設備が微妙な場合はヘッドフォンを使おう!)

では!!!!